最近、「ホワイトハラスメント」という言葉を耳にすることがあります。
法律上のハラスメントの名称ではありませんが、「相手への配慮や保護が行き過ぎることで、本人の成長機会や自己決定権を奪ってしまう状態」を指して使われることがあります。
例えば、「負担をかけてはいけない」と考えるあまり重要な仕事を任せない。「無理をさせたくない」として昇進や挑戦の機会を与えない。「残業は認めない」と言いながら、業務量は減らさない。こうした場面が、ホワイトハラスメントとして語られることがあります。
ただ、私はこの言葉を使うときには少し注意が必要だと思っています。
長時間労働を防ぐこと、育児や介護、病気治療などに配慮すること、強い叱責や威圧的な指導をなくすこと。これらは本来、職場に必要な取組です。そこまで「ハラスメント」と呼んでしまうと、本来進めるべき配慮まで萎縮させてしまうおそれがあります。
問題は、「配慮」そのものではありません。配慮の名を借りて、管理職や組織が本来向き合うべき説明・調整・判断を避けてしまうことです。
「あなたのためだから、この仕事は任せない」
「無理をさせたくないから、今回は外れてもらう」
「残業はだめだから、とにかく帰ってください」
こうした対応が、本人との対話なしに一方的に行われると、本人は守られているというより、「信用されていない」「期待されていない」と感じることがあります。
配慮が必要な場面ほど、本来は丁寧な対話が必要です。
今どのような負担があるのか。本人はどう考えているのか。仕事量をどう調整するのか。任せる場合には、どのような支援が必要なのか。そこを確認せずに、ただ仕事を外す、ただ帰らせる、ただ任せないという対応では、問題の解決にはなりません。
ハラスメント防止は、必要な指導や役割付与をやめることではありません。
相手の人格を傷つけずに、必要なことを伝える。負担に配慮しながら、成長の機会も奪わない。本人の意思を確認しながら、組織として責任ある判断をする。
それが本来のマネジメントではないでしょうか。
「ホワイトハラスメント」という言葉は、少し刺激的な言葉です。しかし、その背景には、ハラスメントを恐れるあまり、職場の中で必要な対話や指導まで避けられている現実があるように思います。
大切なのは、優しくすることでも、厳しくすることでもありません。
相手を一人の働く人として尊重し、必要な配慮と必要な期待を、きちんと言葉にして伝えることだと思います。
