前回は、なぜ今「議会ハラスメント」が社会的課題として注目されているのかを考えました。今回は、より核心に踏み込みます。
最も難しいのは、「厳しい質疑」と「ハラスメント」の境界線です。
議員には質問権があります。行政を監視し、説明責任を果たさせることは重要な役割です。鋭い追及や厳しい指摘があるからこそ、政策は磨かれます。ですから、「厳しい=ハラスメント」と単純に結びつけることは適切ではありません。
では、何が違いを分けるのでしょうか。
一つの視点は「目的」です。政策の妥当性を問い、事実を明らかにすることが目的であれば、それは正当な質疑です。しかし、相手を萎縮させること、失敗をあげつらうこと、感情をぶつけることが目的になってしまえば、本来の議論から逸脱します。
もう一つは「態様」です。人格を否定する発言、威圧的な口調、大声や机を叩く行為、論点が尽きた後も同じ質問を繰り返すこと――こうした態様は、政策論争とは別の影響を及ぼします。内容が正しくても、伝え方が相手の尊厳を損なうものであれば、問題は残ります。
職場におけるパワーハラスメントを規律する法律である労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律では、「優越的な関係を背景に、業務の適正な範囲を超えて就業環境を害する言動」が問題とされています。
議会は一般企業とは異なりますが、議員と職員の間に立場の非対称性があることは事実です。質問権を持つ側と、答弁義務を負う側。この構造を前提に考えると、「どこまでが適正な範囲か」を自覚することは避けて通れません。
大切なのは、発言の強さではなく、論点の明確さです。相手を追い詰めることと、事実を明らかにすることは違います。沈黙を生むことと、説明を引き出すことも違います。
議会の役割は、行政を萎縮させることではなく、説明責任を果たさせることです。そのためには、人格ではなく政策を批判する姿勢が不可欠です。
境界線は、感情で決まるものではありません。「目的」と「態様」を冷静に見つめ直すことが、健全な議論を守る第一歩ではないでしょうか。
次回は、議員から職員へのハラスメントが、なぜ行政機能そのものを弱らせてしまうのかについて考えてみます。

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