【事案の概要】
本件は、Y社の元従業員Xが、Y社の代表取締役であるC及びDからそれぞれ違法な退職勧奨、パワー
ハラスメント、名誉毀損行為を受け、また、Y社から令和4年8月分以降の月額給与を毎月2万円ずつ違法に減額されたと主張して、C及びDに対しては共同不法行為に基づく損害賠償として、Y社に対しては会社法350条又は不法行為に基づく損害賠償として、慰謝料等330万円等の連帯支払を求め、また、XとY社との間の令和4年11月20日をもって退職する旨の合意は有効に成立していないにもかかわらず、退職扱いとされたと主張して、Y社に対し、雇用契約上の権利を有する地位にあることの確認を求めるとともに、XとY社との間の雇用契約に基づく未払賃金請求として、Y社に対し、違法に減額された未払賃金等の支払を求めた事案である。
【裁判所の判断】
合意退職は有効
C及びDのパワハラ→慰謝料10万円
【判例のポイント】
1 本件面談において、Cは、Xに対し、Xの経理部での仕事ぶりに対するCの認識に関する発言の域や、Xの経理部での働きぶりに対してXに反省を求める発言の域を超えて、「うーん。すごい人だね、あなたね。心の中、のぞいてみたいよね。夜叉だよ、夜叉。そんなことをね、言う人はね、普通じゃないって」などと、Xに対する個人的な人格非難と評価されてもやむを得ない発言をするとともに、「もうあなたに給料出す気はないし、早く、1日でも早く辞めてほしい。いなくなってほしい」、「有休マックスなんか、取れると思っちゃ、大間違いだからね。言っとくけど。大間違い」などと、有給休暇の取得を否定する発言をしたことが認められ、本件面談においてCが行った発言のうち、少なくとも上記各発言に関しては、Xに対する選法なパワーハラスメントとして不法行為を構成する。
2 Dは、本件面談に同席し、本件面談を通じて、CがXに対して各発言をすることを制することもな<、かえって、「最後に正義が勝つんだなって、僕、思ってるし、なぜE君(元社長)がこういうふうに精神的に追い詰められたかって、今、自分でもずっと考えてて。うん。その理由は、まあ、本人の問題もあるだろうけど、うん、Aちゃん(Xのこと)もあるんじゃないかなと思います」などと、Cに同調する発言もしていたことからすると、CとともにXに対して共同不法行為責任を負うものと解するのが相当である。
判例評釈
NJH事件・パワーハラスメント判断の意義
1 事案の位置づけ(パワハラ論点に絞って)
本件は、
• 代表取締役等による言動がパワーハラスメントに該当するか
• それが「合意退職の有効性」とどのように切り分けられるか
が主要な争点となった事案である。
特徴的なのは、
退職合意は有効としつつも、パワハラについては不法行為として別途評価対象とした点にある。これは、近年の裁判例の流れの中でも重要な意味を持つ。
2 裁判所のパワハラ判断枠組み
東京地裁は、典型的なパワハラ判断枠組みを前提にしている。
(1)判断基準(整理)
裁判所は明示的に以下を総合考慮する姿勢をとっている。
① 言動の内容・態様
② 行為者の地位・権限(代表者である点)
③ 継続性・反復性
④ 業務上の必要性・相当性
⑤ 労働者の受けた精神的苦痛の程度
これは、厚労省パワハラ定義+最高裁・下級審の蓄積を踏まえた標準的枠組みである。
(2)本件で問題とされた言動の評価
本件では、
• 代表者による強い叱責
• 人格を否定する趣旨の発言
• 退職を強く意識させる発言の繰り返し
などが問題とされた。
裁判所は、業務指導の範囲を超え、労働者の人格・尊厳を侵害する側面がある
として、一部について不法行為性を肯定する余地があると評価した。
ここが重要で、
「全部違法」ではないが「全部適法」でもないという、極めて実務的な線引きがなされている。
3 合意退職との切り分けが示す重要性
(1)合意退職は有効 → それでもパワハラは成立し得る
本判決の最大のポイントはここです。
• 退職合意→ 自由意思に基づくものとして有効
• パワハラ→ それとは独立して不法行為が成立し得る
つまり裁判所は、
「パワハラがあった=退職合意が必ず無効になる」
とはしなかった
この点は、労働者側・使用者側いずれの実務にも大きな示唆を与える。
(2)実務上の意味
この判断は、次のことを明確にした。
パワハラが存在しても→ 直ちに退職合意が無効になるわけではない
しかし→ 使用者・代表者の責任が消えるわけでもない
「地位確認」と「損害賠償」を分離して考える裁判所の姿勢が明確。
4 代表者個人責任を認め得る点の評価
本件では、会社のみならず、
• 代表取締役個人の不法行為責任
• 共同不法行為の可能性
が検討対象となっている。これは、
• 「会社の指揮命令だから個人責任はない」
• 「経営判断の一環だから免責される」
という主張に対し、裁判所が慎重であることを示す。
NJH事件は、
「合意退職が成立しても、パワーハラスメントの責任は消えない」
という現代労働法の到達点を示した判例である。
裁判所は、労使双方の主張を単純化せず、権力関係・言動の質・影響の大きさを冷静に切り分けた。今後のパワハラ紛争実務において、極めて参照価値の高い裁判例と評価できる

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