履歴書は誰のものか――目的外使用をめぐる判決から考える

温かな光を背景に、腕組をして微笑む白石社会保険労務士

【NEWS】神奈川県内の建築設計会社で働いていた労働者が、無許可で自身の履歴書を第三者である親会社へ提供されたのを不服として訴えた裁判で、東京高等裁判所(東亜由美裁判長)は同社に10万円の慰謝料支払いを命じた一審判決を維持した。履歴書の利用目的は採用や採用後の人事管理であり、同意なく提供したのは目的外使用に該当すると判断している。親会社は労働者による債権差押やパソコンの未返却が不法行為に当たるとする別件訴訟を起こし、履歴書を証拠として提出していた。〈ニュース提供元:株式会社労働新聞社〉

いまさらながら、履歴書というのは、会社に提出した瞬間に「会社のもの」になるわけではないのだと、あらためて考えさせられる判決でした。

神奈川県内の建築設計会社で働いていた労働者が、本人の同意なく履歴書を親会社に提供されたとして争った裁判で、東京高裁は会社に慰謝料10万円の支払いを命じた一審判決を維持しました。
報道によれば、履歴書は採用や採用後の人事管理のために提出されたものであり、それを別件訴訟の証拠として親会社に提供したことは、利用目的の範囲を超える「目的外使用」に当たると判断されたようです。

履歴書は、たしかに会社が預かる書類です。
けれど、預かっていることと、自由に使ってよいこととは違う。そんな当たり前のことを、いまさらながら、きちんと言葉にして確認する必要があるのだと思いました。

履歴書には、その人の経歴や資格だけでなく、その人自身の歩みが詰まっています。
提出する側は、「採用のために」「雇用管理のために」使われるものだと思って差し出しているはずです。

それを別の目的で、しかも本人の知らないところで使われていたとしたら、気持ちのよいはずがありません。

今回の件は、たまたま履歴書でした。
でも、職場にはほかにも、面接メモや相談記録、評価資料、ハラスメントの申告書など、

「ある目的のために預けられた情報」がたくさんあります。
そうしたものが、いつのまにか別の用途に流れていく。その怖さは、単なる情報管理の甘さというより、
「この職場は人をどう扱っているのか」
という姿勢の問題なのだと思います。

個人情報の管理というと、どこか事務的で、形式的な話に聞こえることがあります。
けれど本当は、それは信頼の話です。自分が出した情報が、何のために使われ、どこまで共有されるのか。

そこに安心感がなければ、人は職場の中で本音を言えなくなります。相談もしづらくなるし、不信感も残ります。

会社が情報を持つことと、会社が情報を思うままに扱ってよいことは、やはり違う。
今回の判決は、いまさらながら、そんなごく基本的な線引きを、あらためて示したものだったように思います。

情報管理の緩さは、書類の扱いの問題にとどまりません。それは、人を雑に扱うことと、どこかでつながってしまう。
だからこそ、個人情報をどう扱うかという問題は、法令順守の話であると同時に、

職場の品位の話でもあるのだと思います。


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